St.R @892


 その日は午後からか細い雨の降る、やや肌寒い天気だった。
 学校から自宅へ帰ってきた清麿は誰もいないと分かると、特に何をするわけでもなく部
屋で本を読んでいた。雨音が全ての音を吸収しているのか、とても静かな空間は時間もゆ
っくり流れているような錯覚を清麿に与える。
 ピンポーン
 家のチャイムが響く。清麿が顔を上げるとまたチャイムが鳴る。せっかちな客だなと思
いながら部屋を出て階段を降りているとなんとなくデジャヴに捕らわれる。あの時はたし
か……思い出して清麿は青ざめた。黒い本を持つ二人組に完膚無きまでにやられた記憶が
甦る。しかしあの時と同じようにチャイムが清麿を追い詰める。すでに返事をしてしまっ
たため、いまさら居留守も使えない。やや怯えながらも思いきってドアを開けると雨の中
傘も持たずに、全身ずぶ濡れの女性が突っ立っていた。一瞬清麿はひるんだが、その人物
が誰だか分かると清麿は慌ててその名を叫んだ。
「恵さんっ!?」
 そこにいたのは恵だった。サラサラの髪も今は濡れて恵の表情を隠している。水分を吸
ってじっとりとのしかかる着衣からは水滴が滴り落ちていた。
「どうしたんですかっ? とりあえず入ってください」
 清麿は恵を家屋に招くとすぐに風呂を沸かして恵に勧めた。このままでは風邪を引くと
思ったからだ。華の服の中から恵にも着られそうなものを選んで渡し、洗濯機と乾燥機の
場所を伝えて清麿は脱衣所を出る。廊下を点々とする水滴をふき取ってから部屋へと戻る。
突然の恵の来訪、しかもいつもの恵とはあからさまに様子が違う。始終無言で俯いていた
恵の姿が気になって、清麿は窓の外へと視線を運ぶ。雨はまだ止みそうにない。

 三十分ほど経っただろうか? 恵が脱衣所から清麿の部屋へとやってきた。風呂上り特
有の上気した血色の良さとタオルドライしただけの髪の艶、ほのかな石鹸の香りが清麿を
ドギマギさせる。しかし恵の雰囲気は来た時と全く変わっていない。とりあえず恵にくつ
ろいでもらおうと座布団を勧め、清麿はベッドに腰を降ろした。
「大丈夫ですか、恵さん? あの……どうかしたんですか? まさかティオが消えたなん
てことは……」
 清麿は一方的に言葉をかけたがあまりの反応のなさに聞こえているのか不安になった。
ティオのことを聞いてやっと首を横に振ってくれたので少し安堵したが恵は押し黙ったま
まだ。清麿は諦めて恵の言葉を待った。
「……清麿くんって…女の人抱いたこと、ある?」
「………………………………………………え?」
 やっと発せられた恵の言葉だったが、清麿の耳から脳にそれが正確に伝わるのにはかな
りの時間を要した。表情が固まり、そして一気に顔を紅潮させて清麿は慌てふためいた。
「な、な、なっ、何言い出すんですかっ、い、いきなり!?」
 呂律の回らない言葉使いや耳まで真っ赤にして恥ずかしがる清麿を見て、恵は清麿がま
だ経験がないことを悟った。天才少年と言われている清麿の純情な姿が可愛くもあり、そ
して……憎くもあった。恵の心に黒い何かが芽生える。
「そう…、ないんだ……」
 照れまくる清麿を尻目に、恵はスッと立ち上がった。着ていた服をゆっくりと脱ぎ出し
て、清麿をさらに驚かせる。清麿は一枚一枚脱いでいく恵から慌てて目を逸らした。

「見て、清麿くん」
 静かに恵が囁く。しかし清麿は固く目を瞑ったまま、首を激しく横に振る。しかしなお
も懇願する恵の言葉に抗えなくて清麿はゆっくりと目を開けて恵を見た。
「……綺麗だ」
 清麿の口から無意識にそんな言葉が漏れた。絵や写真とは異なる温かみを帯びた女性の、
一糸まとわぬ姿を見るのは親を除いて初めてだった清麿は息を呑んで見とれた。恵が清麿
に一歩近づいた。瞬間、我に返った清麿は再び真っ赤になった顔を恵から逸らして、困惑
しつつも訴える。
「恵さん、ふ、服を着てください!どうしたんですか、なにか悩み事なら…うわぁぁぁ!」
 清麿の訴えもむなしく、恵は裸体のまま清麿のそばまで来た。清麿の頬に恵の手が触れ
ると、清麿は逃げるようにベッドの上を後ずさるがすぐに背中が壁にぶち当たり、清麿の
視線と恵の視線が空中で交差する。逃げ場の無くなった清麿を追い詰めるように恵がベッ
ドへ上がると、ベッドは重みでギシリと軋んだ。恵の両手が清麿の両頬を押さえるように
添えられると、清麿は金縛りにあったように動くことが出来なくなってしまった。ゆっく
りと恵の顔が近づき、唇が重ねられる。
「んっ!!……ぁ」
 恵の柔らかい唇の感触に、清麿はため息が漏れた。恵の舌が清麿の唇を舐めまわし、口
腔へと侵入してくる。歯の裏側、頬の内側などを恵の舌が器用に蹂躙し吸い上げ、清麿の
舌を絡め取る。
「ふぁ…ん…あ」

 恵の柔らかい唇の感触に、清麿はため息が漏れた。恵の舌が清麿の唇を舐めまわし、口
腔へと侵入してくる。歯の裏側、頬の内側などを恵の舌が器用に蹂躙し吸い上げ、清麿の
舌を絡め取る。
「ふぁ…ん…あ」
 生暖かく粘つく二人の舌が溶け合うほどに絡み合う。溢れる唾液が潤滑油となって、滑
るように恵の舌が激しく動いて清麿の舌を弄ぶ。ざらつく舌の感触と執拗なほどにまとわ
りつく恵の舌の動き、注がれる唾液に清麿はされるがままであった。息をするもの忘れそ
うなほどに濃厚な口付けを交わして、清麿の身体がジンと熱を帯びる。
 卑猥な音をたてて、二人の唇が離れた。清麿は夢見心地といった虚ろな顔をして肩で息
をした。恵は清麿の頬や目じりに唇を這わせ、耳たぶを甘噛みしながら清麿の着衣のボタ
ンを外してゆく。恵の息遣いを耳元で感じながらも清麿はわずかな抵抗を試みた。全裸の
恵に触れる事になるので押しのけることは出来ないが自分の身体を抱くようにして腕を回
し、着衣が剥ぎ取られるのを懸命に防いだ。
「もうやめてください。こんなの……オレの知っている恵さんじゃないっ!!」
 恵の身体が一瞬強張った。今にも泣き出しそうな瞳に貫かれて清麿の心が鷲掴みにされ
たように苦しくなる。恵を傷付けた……そんな罪悪感に捕らわれたが、その気持ちすらま
るで嘲笑うかのように恵の表情からは悲哀が幻のごとく消えていた。見間違えたのであろ
うか……?
「だったら教えてあげる。これが本当の私なのよ」

 上三つほどボタンを外したところで清麿の腕に阻まれてしまった恵は、たっぷりと唾液
を含んだ舌で清麿の首をゆっくりと上から下へと舐め上げると清麿の鎖骨辺りを強く吸い
上げた。清麿の顔が苦悶に歪む。
「フフ…綺麗な印が残ったわ。繊細な肌をしているのね、羨ましい」
 恵がさっきまで吸っていた部分をそっと撫でて囁く。清麿からは見えなかったが、恵の
言動と疼きからどうなっているかはたやすく想像出来る。赤いあざ──キスマーク──が
付けられたのだ。なおも恵は首から襟元、そして肩にかけて軽いキスを何度も繰り返す。
その感触に清麿の身体から徐々に力が失われていき、ついには遮っていた腕さえ恵にたや
すく外されてしまった。残っていたボタンを外され、清麿のたくましい上半身が露わにな
る。入念に調べられるかのごとく恵の舌が清麿の肌を縦横無尽に這っていき、やがて清麿
の乳首を突つくように舐めると、清麿は呻き声を上げてピクンと身体を震わせた。
「っん!! あ……っくぅ、…かはぁ……」
 清麿の乳首が弱いと見抜いた恵はそこを口に含むと唇で挟んで揉んだり舌で丹念に舐め
たり、軽く噛んだり吸ったりしながらじわじわと責めたてた。汗をかいた清麿の顔は恥辱
で紅潮し、熱く浅い吐息が断続的に紡がれていく。目じりにはうっすら涙が浮かんでいた。
愛撫を続けながら、恵は清麿のズボンに手を伸ばす。ベルトのバックルを外し、ファスナ
ーを下ろしてトランクスの中へ手を忍ばせると、陰嚢を強く握り締めた。
「あああぁぁぁっ!!」

 清麿は仰け反って叫んだ。足をベッドへ突っ張り、背筋に力が入る。その反動で腰が若
干浮き上がる形となり、手際良く恵にズボンとトランクスを太ももまで脱がされてしまっ
た。まだ固くなっていない清麿の陰茎を恵は右手で握るように掴み素早くスライドさせな
がら、左手を清麿の後頭部へ回し押さえるようにして再び唇を重ねる。血が沸騰してくる
ような熱さが股間から全身へと駆け巡り、これまでに味わったことのない快感に清麿は身
悶えた。恵に口をふさがれていなければ、我慢出来ずに延々と雄叫びを発していただろう。
清麿のペニスが屹立し固くなり掛けると、恵は唇を離し股間へと顔を持ってきて豊満な乳
房でペニスを挟み揉みしだした。温かくて柔らかい恵の果実に包まれ、清麿のペニスが急
激に固く大きくなり爆発した。白濁の液体が恵の顔や髪、胸に飛び散る。
「あ! ゴ、ゴメンッ…………」
 我慢するということを知らなくて、本能のままに射精してしまった清麿は精液を滴らせ
る恵に向かって慌てて謝った。しかし恵は胸に付いた精液を指で掬うとぺろりと舐めて嗜
虐的な笑みを浮かべる。
「フフフ……もうイッちゃうなんて悪い子ね」
 恵は身体に付いた精液を手に取るとそれを清麿の萎縮したペニスに塗りたくり、ペロペ
ロと舐め始めた。徐々にペニスが元気を取り戻していき、全体を舐め尽くすころには再び
屹立するまでになったそれを、今度は口に咥える。口をすぼませて頭を前後に揺らしなが
ら、舌を巧みに使ってねっとりと清麿の陰茎を弄ぶ。また手は陰嚢をこねるようにして激
しく動き回りながらも尿道を押さえており、清麿に解放されぬ快楽の呪縛を与えた。

「んぐ…っ、はあぁ……もう…ゆ、許し…て……。ひ…っぃ」
 襲いくる快楽の波に翻弄され、蒸気する全身を震わせながら清麿は恵に許しを乞うた。
潤んで焦点を失い掛けた瞳と、止まる事のない熱い吐息まじりの喘ぎ声を紡ぐ濡れた唇。
今まで想像すらしなかった清麿の艶容を上目使いで見ながら恵は思わず欲情せずにはいら
れなくなった。そしてそんな自分に嫌悪する。口での愛撫を止め、上半身へのキスに切り
替えて絶頂寸前だった清麿の興奮を萎えない程度に冷まさせるとすくっと立ち上がり、腰
を九十度に曲げて清麿の首に両腕を回して耳元で囁いた。
「幻滅したでしょう……? 芸能界という汚い世界を生き抜くのは並大抵のことじゃない
のよ。私ももう……戻れないほどに穢れてしまった……」
 恵の表情は清麿からは伺い知ることが出来ないが、声のトーンは低く擦れていた。抵抗
した時に見た恵の悲しげな瞳を清麿は思い出す。知らなかった恵の一面を突然つき付けら
れて戸惑い、堕落した清麿ではあったが知らなかった恵の闇と本音に触れて、今やっと本
当の恵に出逢えた気がしていた。
「恵さん……、オレ…オレは……」
 霞掛かった思考は思いを伝えるだけの言葉を見つけられなくて、清麿は口籠った。伝え
たい気持ちは堰を切ったように心から溢れているのに、それが形にならない歯痒さに唇を
噛んだ。

 恵の身体が清麿に密着するようにゆっくりと腰を落としてきた。清麿の亀頭部分が恵の
秘所に触れて擦れると清麿の全身が再び火照ってくる。しばらく恵の腰がさ迷うように動
いていたが、膣口へ亀頭がくると恵は一気に腰を落とした。
「あああああああ━━━━━━━っっ!!!!」
 清麿は全身に電流が走ったような衝撃に咆哮した。恵の胎内は熱く、清麿のモノを全方
向から力いっぱい締め上げて清麿を快楽の渦へといざなっていく。自然と恵の背中へ腕を
伸ばし抱き締めると、胸の感触が一層強く清麿を圧迫して、清麿の思考を奪っていく。
「清麿くん、すごい…。奥まで……当たって…んんっ!!」
 恵も髪を振り乱して大きく仰け反り、突き上げる清麿のペニスに半ば酔いしれた。清麿
の腕が恵の背中に回り抱き寄せられたが上手く隙間を作り、恵は腰を動かした。清麿のペ
ニスをカリまで引き抜いたかと思うとまた根元まで咥える──それを何度も繰り返す。結
合部から溢れる愛液が二人の動きに合わせて淫靡な水音をたてて、流れ落ちていった。清
麿は押し寄せる快楽に抗えなくて、小刻みに痙攣し嬌声を出し続ける。恵の腰の動きが一
層早さを増し、途切れそうになる意識を清麿は必死で繋ぎ止めた。
 恵にどうしても伝えたいことがあった。気の利いた言葉なんていらない……気持ちをあ
りのまま言葉にするだけだ。
「好きだ……。だからもう、……一人で苦しまないで……」
「……清麿くん……」

 恵の頬を涙が伝った。この状況のさなかで、こんな私をまだ好きだと言ってくれる。苦
しみを分かち合うことを望んでくれている。それが嬉しくて、同時に悲しくて涙が後から
後から止めど無く溢れて恵の顔をぐちゃぐちゃにする。しかし固く膨張していた清麿のペ
ニスはすでに限界に達し、絶叫と共に恵の胎内へ放出されると清麿はそのまま意識を失っ
てしまった。恵も清麿の体温を感じながら絶頂を迎え、二人の結合部からは白い精液が滲
み出ていた。

 清麿が意識を取り戻したのは日がとっぷりと沈んだあとだった。着衣も整えられベッド
に横たわっていたのを帰ってきたガッシュに起されたのだ。シーツも汚れた跡がないし、
恵がいた形跡など何一つ残ってはいない。雨は──止んでいた。
「夢……だったのか…?」
 夕食をすませ、ガッシュと共に風呂へと向かう。豪快に脱ぐガッシュを横目に清麿はシ
ャツを脱ぎ捨てて上半身裸となる。その時、ガッシュが変なことを言ってきた。
「清麿、虫にでも刺されたのか? ココが赤くなっておるぞ」
 自分の体を指差してガッシュが不思議そうに清麿を見つめる。清麿はガッシュが指差し
たところを見るために鏡の前に立ち、そして驚愕する。
 そこにははっきりとキスマークが残っていた。




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