St.R ◆St.R5157.E @13


コンコンッ・・・
「清麿? 入るわよー」
 部屋のドアをノックし、声をかけてから、華は清麿の部屋へとやってきた。数日前から
清麿は風邪で寝込んでおり、37度台の熱が続いている状態であった。当然ながら、学校
も休んでいる。
「リンゴをすりおろしたの。食べられる?」
「ああ、それなら食べられるよ」
 クッションなどで背もたれを作ってもらい、清麿は上半身を起こすと、すりおろしリン
ゴを受け取り、スプーンでかき混ぜて自分の口へと運んでいく。
「はちみつとナタデココも混ぜてあるのよ。美味しい?」
 そう言いながら清麿の食する様子をじっと見つめている華に、清麿は視線に少し困惑し
たように照れながらも、ちゃんと返事を返す。
「うん、美味しいよ」
「そう…よかった」
 食欲の出てきている清麿をことが嬉しいのか、華はニコニコとして清麿を眺めていた。

「あのさ〜、ずっと見つめられると食べづらいんだけど……」
「あらあら、照れちゃって」
 華はコロコロと笑った。悪気の無さがさらに清麿を困惑させたが、しょうがないなと清
麿も笑って済ませられることが、華の良いところであった。
「そうそう! スズメちゃんがお見舞いに来たのよ。うつしちゃうといけないから、上が
ってはもらわなかったけど」
 華は自分の脇に置いておいたトートバックから学校のプリントと、みかんを取り出して
清麿に差し出した。みかんには案の定、マジックで何かを書いた痕跡があった。
「あいつ、また落書…き…」
 みかんの絵柄を真正面から見て、清麿は絶句した。ジト目でみかんを見つめたかと思う
と、額にピシッと青筋が一本浮いた。
「これ……オレか…?」
「みたいね。よく特徴を捉えていて、そっくりよ。フフフ」
「…ったく、水野の奴」
 清麿はみかんをあらゆる角度から見ながら、苦笑いする。
「スズメちゃん見てると、私の若いときを思い出すわ。ちょっと似ている所があるのよ」

「え''っ!?」
 思わず清麿は素っ頓狂な声を上げた。どう見ても今の華と鈴芽に、共通点はないと思っ
たからだ。どちらかと言えば、恵のほうが華に似ているとさえ思っていた。
「私も清麿ぐらいのころは、結構ドジでおっちょこちょいだったのよ。よく笑われたけど、
楽しい中学生生活だったわ」
「ドジなお袋…想像できねぇ。でもどうやったら水野みたいな奴が、お袋のようになれる
のか、教えてほしいよ。ハァ……」
 その時の華の顔だちに、清麿は一瞬ドキリとした。自分を名を呼ぶときの、鈴芽の顔と
ダブッたからだった。しかし、清麿にはその理由が検討も付かず、戸惑うばかりであった。
「それは内緒。スズメちゃん、きっとこれからどんどん素敵な子になっていくわよ〜。逃
がしちゃダメよ」
「なっ!? く、くだらないこと言うなよ。はい、ごちそうさま」
 風邪の症状とは違う体温上昇に、顔を赤くさせながら清麿は器を突っ返すと、「寝る」と
一言呟いて華に背を向けるようにして、布団に潜り込んだ。
「はい。おやすみなさい」

 清麿の子供っぽい態度が可笑しかったのか、華はくすくすと笑いながら部屋を出ると、
キッチンへと戻ってきた。流しで器とスプーンを洗いながら、華はさっきの清麿との会話
を思い出す。

      ──どうやったら水野みたいな奴が、お袋のようになれるのか──

         (それはね……清太郎さんに出逢ったからよ…)

 清太郎と出逢ってからのからの日々を思い出すと、華は今でも心がほんのりと温かくな
るのだった。自分が拙くてどんな失敗を重ねようと、清太郎はそれをカバーし、広い懐で
包み込んでくれた。清太郎のそばにいられたことで、華は成長したのだ。
(清麿ももう少し、スズメちゃんに優しくしてあげればいいのに……)
 清麿と鈴芽の二人に、昔の自分たちの姿を重ねて、華は清麿の接し方にやや不満を感じ
るも微笑ましく思うのだった。

「若いっていいわよね。さて、夕食は何にしようかしら?」




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